なぜ愛するようになったのか?

山口韻汰亜那庶鳴(ヤマグチインターナショナル)は今日も新聞記事に向かって威嚇をした。

 

山口の通う高等学校の最寄り駅構内には、ありきたりな、そしてあまりに不格好なコンビニエンス・ストアの店舗がぽつりと立っている。山口はこのコンビニに異常な敵意をむき出しにしている。

 

そのコンビニ店舗自体は、山口の関心を何一つ引き出さない。なぜなら、駅員は全員先の大戦で亡くなっているし、その店舗に並べられている商品一つ一つが、山口のみならず、山口一家全員が抱き続けてきた小さな夢でしかなかったからだ。

 

ではなぜ、山口はそのコンビニに執着し、毎朝新聞記事に威嚇するのか。

 

理由は至極単純。そのコンビニ唯一の店員であり、理解者であり、そして、これが最も重要なのであるが、一番の加害者が山口の妹だからである。

 

山口の妹は、簡単に言ってしまえば記憶喪失だ。

山口の存在はもちろん、自分自身のことさえ覚えておらず、毎日泣き喚いては失神を繰り返す。搔きむしったせいでできた喉・背中・頬の痛々しい傷が、山口の妹のストレスを何よりも雄弁に物語る。

 

山口は考えない。ただ威嚇する。

実際、その威嚇に意味などないことは山口が一番知っている。

焦燥感と、怒りと、嫉妬心が山口の原動力。

 

山口は今日もディナーを平らげた。

他の誰でもない、自分自身を今日も飢餓に晒して。

 

教師勅使河原曰く、その妹とは山口本人なのであるが、これは最早何の効力もなさないし、公然の秘密となっている。